トリヒナ(旋毛虫)症は,動物肉を生(ナマ)あるいは不完全加熱調理で摂食することによって感染するが,その条件によっては致死的にもなる人獣共通寄生蠕虫症である。トリヒナの生活環には家畜サイクルと野生動物サイクルがあり,公衆衛生上の重要問題とされてきたのは主として豚での家畜サイクルである。わが国では家畜サイクルの存在は認められていない。本論文では,19世紀後期にドイツで流行し欧米に衝撃を与えた豚肉の生食に起因するトリヒナ症についてその後の影響を含めて解説した。また,豚肉のトリヒナ検査をめぐる国際紛争であった「ドイツ(欧州)・米国 豚肉戦争」"German-American Pork War""U.S.-European Pork War"と呼ばれている事件の経過と顛末について紹介し,今日的な意義を考察した。