カビに侵食された油彩画の絵具片について,電子顕微鏡法を用いて断面微細構造を評価した。断面観察ならびに波長分散型特性X線分析を行うための断面作製には,真空中でのアルゴンイオン線加工を用いた。本来の絵具層は,酸化重合した乾性油の母相と,アイボリーブラックならびに酸化亜鉛等の顔料粒子によって構成される。カビに侵食された領域は,その他の領域に比べて多量の亜鉛を含み,顔料粒子間に多くの空隙が存在する様子が,機械加工による変質を伴わないアルゴンイオン線加工を用いることで,明瞭に観察された。侵食領域の深さは,表面から約50μmであり,その領域ではカビの侵食によって,炭素量が減少した。カビの内部で亜鉛が検出されたことから,消費された炭素は,絵具相中の酸化亜鉛と油が反応することで生じた金属石鹸に含まれていたと考えられる。絵具層を構成する母相が損傷を受ける一方,アイボリーブラック顔料粒子については,ほぼ無損傷であった。